お久しぶりです。
ハンガリー編の旅行記を放置中です。。。
そんな中、新しい旅行の計画をたて始めました。
とうとう行ってしまいます。
世界一周に。
ブログのサブタイトルも「ヨーロッパ15カ国周遊記」から「世界一周へ!!」にかえました。
パソコン持っていって、リアルタイムに更新できたらいいなぁって思っています。
マチュピチュとか、アンコール・ワットとか、ペトラ遺跡とか、今まで行きたかったけど行けなかった場所を目指します。
楽しみです。
すごい楽しみです(笑)
2008年08月04日
2008年06月01日
英語を喋れる人
久しぶりの日記です。
最近、全然旅行記かいてないですね。
チェコ編を書いたら満足しちゃった感があります(笑)
そのうちですが、次はハンガリーを書きたいと思います。
ネットで釈然としないニュースを見つけました。
イギリス人がギリシャに旅行に行ったら、ホテルで英語が通じず、ドイツ語メインの配慮がされていたことで、旅行会社に賠償金を求めた裁判で、なぜかその訴えが認められて、旅行会社は賠償金を支払うことになったとか。
「英語で書かれた旅行パンフレットのプランが提供する旅行は英語でなされるべきだ」というのが言い分だそうです。
釈然としないですよね。
日本語で書いてあるパンフレットのプランは日本語で提供されなきゃいけないんでしょうか。
「ギリシャにバカンスに行ったのにドイツ人だらけだった」という文句も言っているそうですが、ギリシャにバカンスに行ったのに英語だらけなのはいいんでしょうか。
英語圏の人は英語に守られているということを自覚していないんでしょうか。
世界で英語を話す地域なんて、ほんの一部にすぎないことを知らないんでしょうか。
旧植民地のインドですら英語教育を受けた人しか英語を喋れませんし、アフリカ東海岸だってスワヒリ語がメインです。
英語を喋れるのは観光地にいる僅かな人と、高等な教育を受けた一部の人だけだということを知らずに旅行しているんでしょうか。
英語は喋れて当たり前だと思うなら、旅行なんて行かなきゃいいと思います。
どうせ当たり前なことしか求めていないなら、旅行に行く必要なんてないですよね。
イギリスじゃバカンスはできないですが、それはイギリスがそういう国であるから仕方ないわけです。
同じ様に、ギリシャ人が全員英語を喋れるわけじゃないのは、ギリシャがギリシャ語の国だから仕方のないことです。
自己中心的な訴えだと僕は思います。
それを認めてしまう裁判もどうなのかと思いますが、旅行会社の宣伝方法に何か問題があったのであれば仕方ないのかもしれません。
ギリシャ人が英語を喋れないから文句を言うのであれば、英語しか喋れないその人自身も文句を言われてしかるべきです。
昔のCMが正しいのであれば英語が喋れても10億人としか喋れないんですよ。
それもイギリスの旧植民地の国を除けば各国にいる英語を喋れる人の人口なんてごく僅かです。
残りの56億人との出会いが海外旅行なんじゃないかと。
そんなに英語しか喋りたくないなら、英語圏に閉じこもっていればいいと思います。
なんか愚痴になってますね(笑)
東京に住んでいたり、旅行したり、英語圏の人が英語しか喋ろうとしない場面に出くわすことがあるので、こんな不満がたまっていました。
海外に行くというのがどういうことなのか分かっている人は、その国のことを理解して、その場を理解して、自分の当たり前を持ち込まないで、そこにある違いを楽しむことができる人です。
ギリシャに行ったら全員英語喋れるわけないのは当たり前です。
ただ、ドイツ人に便利な場所が気に食わないだけなんじゃないかと思ってしまいます。
英語圏の人はそういうくだらないプライドを持っている人が多い。
1億歩譲って英語圏の人がそういうプライドを持っているのはいいとしても、なぜか中国もその姿勢で海外旅行してるのが意味わかんないです。
中国語喋れる人が、ヨーロッパにどれだけいると思ってるのか。
ヨーロッパで見かけた中国人旅行者はほぼ全員、英語圏の人以上に自国語しか喋ろうとしない人たちでした。
日本人と韓国人はもちろん、北京語を話す台湾の旅行者までも、自分たちの言葉は通じないと理解して、ヨーロッパで出会う人たちと違う言語同士がんばってコミュニケーションを取っているのに、中国人だけはその努力を全くしない。
そういう英語圏と中国圏の人たちを見ていると、自分が狭い日本文化圏に育ってよかったと思います。
自国と他国の違いを柔軟に受け入れられる環境で育っていなければ、こんなに海外の文化を楽しむことはできなかったでしょうし、もしかしたら海外に行こうなんて思うことすらなかったかもしれません。
旅先で出会う「狭い言語」を使う人たちはみんなコミュニケーションをとるために努力して、それを楽しんでいました。
フランスのストラスブールで出会ったイタリア人も英語もフランス語も喋れず、近くにいた見るからに英語圏でもフランス語圏でもない国から来ている僕に身振り手振りで「写真を撮ってくれないか」と頼んできました。
アメリカ人とイギリス人の印象が強いので、欧米人はみんな自分の国の言語を平気で使うイメージがあったんですが、そのイタリアの旅行者と出会ったのは、ほんの些細な出来事ですが、僕のヨーロッパ観を変えました。
ひいては、言語に関しての世界観が変わりました。
イタリア人や日本人みたいに世界で言葉が通じない民族は、同じことをして生きているんだと知りました。
同じ様に英語もフランス語も喋れないけど外国に行きたいと思うし、同じ様に行く先々で言葉の壁にぶつかりながらも外国にいることを楽しんでる。
次の旅行記の舞台になるハンガリーの人もそうでした。
ブダペストで道に迷った時、英語を喋れないピザ屋のおじさんが英語で質問する僕に頑張って英語で答えてくれました。
スロヴェニア人もそうですし、クロアチア人もそうでした。
世界には同じ様に言葉の壁にぶつかっている人たちがいる。
言葉の壁にぶつかったことがない英語圏の人、国外にほとんど出れない中国人、そういう人は不幸だと思います。
生まれながらに(生まれながらじゃないけど。笑)英語が喋れると便利でしょうが、それと引き換えに日本人やイタリア人がしているような楽しみ方が難しい。
英語は世界の共通語になっているけど、実際は世界に存在する数多の言語のうちの1つにすぎない。
その現実を受け入れられる英語圏の人は、素晴らしいと思います。
日本に赴任してきて日本語を勉強して喋れるようになったビジネスマンや、行く先々で少しでもその国の言葉を使おうとする人たちに「異邦人」のあるべき姿を感じます。
旅行に行く先々で、せめて挨拶と簡単な買い物くらいは、その国の言葉でできるようになりたいと思っています。
ドイツとか、オランダみたいに英語ペラペラな人たちの国に行く時は別ですけどね(笑)
2008年05月07日
チェコ編 プラハの町並
古い道具や家具をいつまでも大切に使うそうですし、今でも古本屋には中世の聖書や絵本が並んでいることもあるみたいです。
そんな古いものを大切にする精神は町並の保存にも当然向けられています。
高い意識で守られたプラハの町並は、本当に陳腐な表現のタイムスリップを味わうことができます。
中世のプラハ、近世のプラハが今でも残っていて、小さな路地や大きな通りまで、頭に思い描くヨーロッパの街が実際に広がっています。
中世のロマネスク様式の市庁舎は、改築増築を繰り返したことでロマネスクだったりバロックだったりルネサンスだったり、いろんな様式の要素を兼ね備えた不思議な建物です。
それも、市庁舎を建てた先人の遺物を残したまま自分の時代の建築を追加して行った結果です。
広場自体、市庁舎のロマネスク様式に始まり、ゴシック、ルネサンス、バロックと、いろんな時代の建物が並んでいます。
言ってみれば、建築の博物館のような感じです。
そんな広場から一歩路地に入ると、もうヨーロッパのイメージをそのまま路にしたような景色が続いています。
プラハには小さい路地がたくさんあって、そのどれもがヨーロッパ的な石畳と石の建物で、どこもかしこも綺麗です。
プラハの街を歩いていると、まるで絵本の中にいるみたいな感じがします。
ヨーロッパの街って感じの景色です。
この建物と建物の間に小さい路地がたくさんあって、僕らを絵本の中に誘ってくれるわけです。
1つのテーマパークのような印象を通り越して、本当に絵本の中にいるようなイメージ。
体感できるんじゃなく、迷い込む感じです。
こんなに綺麗な町が今でも残っている、今まで残してきたプラハの人たちの古いものを大切にする気持ちは学ばないといけないですね。
おじいちゃんから受け継いだものなんて、何も持っていませんし、両親から受け継いだものすら何もない。
そんな日本人の新しいもの好きもまた長い歴史を持っているわけですけど、自分の代からでもいいから、何か後世に残せるものをいつか生まれるであろう息子や娘に残したいという気持ちになります。
中欧周遊記 チェコ編![]()
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聖ヴィート教会/市庁舎前広場/プラハの町並
2008年05月06日
中欧周遊記 目次
中欧諸国は小さい国々ですけど、ヨーロッパの中でも個性溢れる地域です。
国境を越えた途端、全く違う空気、全く違う文化、全く違う性格の人々がいて、国境駅でのパスポートコントロールから旅の醍醐味を味わうことができます。
狭い地域ですけど、それぞれの国が全く異なる歴史を持っていて、民族も違うし、多種多様な経験ができる地域です。

オーストリア編 音楽の都ウィーンは清潔で整った町です
シェーンブルン宮殿 オーストリア帝国の宮殿、テレジアイエローが綺麗です
ベルベデーレ宮殿 「サンベルナール峠のナポレオン」がある美術館
音楽家の像 街中に立つモーツァルトやベートーベンの像

ハンガリー編 ドナウの街ブダペスト
温泉 ハンガリーにも温泉があるんですよ
ドナウ川の景色 昼間のドナウ川沿いの景色
ドナウ川の夜景 夜に見るとまた違うドナウ川の景色

チェコ編 中世ヨーロッパの姿を今に残す街プラハ
聖ヴィート教会 プラハ城内に建つ東欧最大のゴシック建築の教会
市庁舎広場 美しい天文時計がある歴史ある広場
プラハの町並 まるで絵本の中にいるような綺麗な町並

クロアチア編 話題の観光大国クロアチアの首都ザグレブ
ザグレブ散策 よく知らないクロアチアを知るために、まず散歩
2つの教会 ザグレブに建つ印象的な2つの教会

スロヴェニア編 イタリアの隣国スロヴェニアを見に行きました
スロヴェニアへ… イタリアを後にして一路スロヴェニアへ
ブレッド湖「アルプスの瞳」 美しい山間の湖、ブレッド湖
国境を越えた途端、全く違う空気、全く違う文化、全く違う性格の人々がいて、国境駅でのパスポートコントロールから旅の醍醐味を味わうことができます。
狭い地域ですけど、それぞれの国が全く異なる歴史を持っていて、民族も違うし、多種多様な経験ができる地域です。
オーストリア編 音楽の都ウィーンは清潔で整った町です
シェーンブルン宮殿 オーストリア帝国の宮殿、テレジアイエローが綺麗です
ベルベデーレ宮殿 「サンベルナール峠のナポレオン」がある美術館
音楽家の像 街中に立つモーツァルトやベートーベンの像
ハンガリー編 ドナウの街ブダペスト
温泉 ハンガリーにも温泉があるんですよ
ドナウ川の景色 昼間のドナウ川沿いの景色
ドナウ川の夜景 夜に見るとまた違うドナウ川の景色
チェコ編 中世ヨーロッパの姿を今に残す街プラハ
聖ヴィート教会 プラハ城内に建つ東欧最大のゴシック建築の教会
市庁舎広場 美しい天文時計がある歴史ある広場
プラハの町並 まるで絵本の中にいるような綺麗な町並
クロアチア編 話題の観光大国クロアチアの首都ザグレブ
ザグレブ散策 よく知らないクロアチアを知るために、まず散歩
2つの教会 ザグレブに建つ印象的な2つの教会
スロヴェニア編 イタリアの隣国スロヴェニアを見に行きました
スロヴェニアへ… イタリアを後にして一路スロヴェニアへ
ブレッド湖「アルプスの瞳」 美しい山間の湖、ブレッド湖
チェコ編 市庁舎広場
今は市庁舎ではないですけど、かつてプラハ市庁舎として使われていた建物がある広場です。
長い歴史の中で、改築増築を繰り返してきたため、広場の中心に飛び出して建っている市庁舎が、広場の形を少しだけ複雑にしています。
四角でも丸でもない、グルッと市庁舎を取り囲むように広がる広場です。
この広場は、プラハの主な観光地の中心に位置するような感じなので、観光客の行き来が激しいです。
行き来が激しい上に、この広場自体が観光地なので、人がたくさん。
ヨーロッパ何カ国も何都市も廻りましたが、この広場が一番混んでいた記憶があります。
いや、ローマのスペイン広場かな、一番は。
大きな広場としてはこのプラハの市庁舎広場が一番混んでました。
市庁舎の壁に備え付けられた巨大なカラクリ時計です。
時間になると聖人をかたどった人形が音楽に合わせて踊りながら見え隠れします。
僕は運悪く見れませんでしたけど。
最近テレビでやってるので初めて観ました(笑)
上の時計の文様も素敵ですし、下の星座の絵も歴史を感じる趣のある画風で、プラハって感じ。
この時計と同じ模様の腕時計が欲しいです。
あるのかな、探してみよう。
写真の下っ端に映ってる人の頭の大きさと比べてみてもらえると、この大きさがわかります。
大きいし、少し高い所にあるので、人ごみがすごい時でも前の人に邪魔されなければちゃんと見えます。
本当に綺麗で、僕が今まで観たことある時計の中で一番綺麗だと思います。
独特の形が印象的です。
なんでこんなにツンツンしてるんでしょうね。
結構遠くからでも見える教会で、プラハ城などから街を眺める時はこの教会の少し横に市庁舎広場があるって簡単に想像できるわけです。
ちょうどいいランドマーク。
形も特徴的ですしね。
プラハの街を代表する物って、大抵この聖マルコ教会と天文時計な気がします。
漫画とかでも、旅番組でも、プラハと言えばこの2つが絶対に出てきます。
東京タワーと東京都庁みたいなもんですね、多分。
歴史が違いますけど。
英雄ヤン・フス。
あんまり馴染みのない名前ですけど、マルティン・ルターよりも先に宗教改革の必要性を訴えた人物です。
ローマ・カトリック教会が権力欲や金銭欲の虜になってしまった時代、教会の腐敗を正して、真の宗教的信仰の指導者としての教会を求める訴えを起こしたのがヤン・フスです。
彼は最終的に火刑に処せられてしまうのですが、その刑に際しても尚、自分の訴えの正しさを信じて、民衆のために教会を正さなければいけないと訴え続けた人物です。
マルティン・ルターの宗教改革をきっかけにして、ようやくチェコにもヤン・フスが願ったカトリック教会の腐敗を正す時が来るのですが、その時にチェコの人々がルターよりもフスの功績を称えたわけです。
ルター自身も、フスの宗教改革の延長線上にいたわけですから、本当の宗教改革の指導者はこのヤン・フスだったわけです。
そんなヤン・フスの銅像は、威厳と信仰心に満ちた佇まいでプラハの人々を見守るような姿です。
宗教家の銅像らしい謙虚な姿で、とてもいい銅像です。
忘れがちですけど、彼の銅像もお忘れなく(笑)
中欧周遊記 チェコ編![]()
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聖ヴィート教会/市庁舎前広場/プラハの町並










